結婚 夫婦の愛情
夫婦の愛情とは

すなおに受けとる

こういうわけなので、自分というものを過不足なく評価し、認識すると、自分たちの生活をすなおに受け入れることができるようになります。これは、結婚の幸福にとって重要なことです。というのは、幸福感というのは、多分に主観的なものです。ありあまるほどの財産をもっても、ちっとも幸福とは思っていない夫婦もあれば、貧しい暮らしをしていても、幸福感に溢れている夫婦もあります。

幸福と感ずるか不幸と感ずるか、ある事柄を満足に思うか不満に思うか、その違いは、その事柄をどう受けとるかにあります。夫婦間においては、事柄そのものよりも、それのもっている意味のほうがたいせつです。たとえば、夫が帰宅して、「歯みがき、買ってきたよ」と妻の前に出したとします。その朝、ほとんどカラになったチューブからやっと押し出して歯をみがいたのを、帰り道にふと思い出したからです。この場合、普通の妻なら、「あら、気がきくのねえー」と、すなおに受けとります。

しかし、もしこの妻が自己嫌悪か劣等感にとらわれていたとしたら、どうでしょう。自分の落ち度に対するツラあてだと感じたり、一日早く買っておけば夫にごんなことをされずにすんだと思ったりするかも知れません。


「相性」の底には

これは極端な一例ですが、しかし、夫婦間には、事柄よりは、それの意味づけのほうが問題であることが、たくさんあります。
その最も大きなものは、よくいわれる「相性」ということです。いったい、夫婦の性格は似ていたほうがうまくゆくのか、かえって違っていたほうがよいのか。実は一概にどうともいえないのです。「似たもの夫婦」で仲むつまじいのもあれば、「アベコベ夫婦」で仲が悪いのもあり、またそれぞれその反対であるのもあります。結びつきがよいかどうか、俗にいうウマが合らかどうかは、まことに微妙です。きちょうめんな性格の妻がいるとします。夫も同心性格だと、それをたのもしく思う妻もあれば、もう少しおっとりとしていてくれたらと飽きたりなく思う妻もあります。夫が反対の性格の場合でも、それを気に食わなく思う妻もあれば、窮屈でなく、かえってよいと思う妻もあります。結局、相手の性格をどう受けとるかによるわけです。

よく意味づけるか、悪く意味づけるか、それは、「思いやり」と「心のゆとり」があるかないかによってきまります。根底に、ほんとうの夫婦愛をたたえている夫婦なら、そのことで危機にひんしたりするようなことはありません。アンドレ・モロアは「ほほえましい欠点をもたない女を、男は心から愛すちことはできない」と言いました。が、裏を返せば、心から愛し合った夫婦なら、欠点もほほえましく見えるのです。

くり返し申しますが、欠点が見えないのは恋愛時代です。欠点はちゃんと見えていて、しかもそれをほほえましく許し合っているのが、ほんとうの夫婦です。心をふれ合わせる夫婦生活は、お互いのかたい愛情のきずなを基盤とする長い建設の道なのです。その道程において、性格や意見や趣味やその他いろ
いろの面で多少の食い違いがあって竜、それ
によってすぐグラついたりしません。
・すべてをさらけ出し合って、いやな面もト
コトンまで知り合って、その上でお互いに許
容し合っている夫婦。そこには、何よりも
-〃誠実さ\"があります。〃励まし\"と〃いたわり\"
があります。
トルストイの小説「アンナ・ガレーニナ」の
有名な冒頭の一」旬を思い起こしてください。
「幸福な家庭は、いったいに似よったもの
であるが、不幸な家庭はみなそれぞれに不幸
である」
幸福な家庭は、平凡な夫婦が、平凡なこと
に思いやりをかけ合うことから育ってゆくの,
です。それの欠けている家庭は、どんなこと
でも、結局は不平、不満のタネになるわけ
です。
そういう地味ではありますが、あたたかい
心の触れ合いを、お互いにはぐくんでゆくこ
とが、いちばん大事なことです。
.表現に関心を
.そこで、次に、心をふれ合わせるには、自
分の心を、相手に表現する必要があります。
もとより、夫婦間には以心伝心ということが
あって、ことさらことばや態度に表わさなく
ても、おのずから通じ合5面が多分にありま
す。しかし、世間には、恋愛時代には表現過
多なのに、結婚すると表現過少になる傾向が
あります。これは、反省すべきです。夫婦と
いう、それ以前と違った愛情を育てるには、
それなゆの表現を、その方法、技術を考えて
ゆかねばなりません、グ生活の知恵\"は、この
面にこそ大いに発揮されるべきなのです。
テレビの人気番[組「アイ・ラブ・ルーシτ」
では、だんなさまは奥さまに愛情を表現する
のに、いつも心を配っています。なにもアメ
リカ流のやり方をまねするにはおよびません.
が、私たちは私たちのやり方でじゅうぶんに
表わすことに、もっと関心をはらうことが必
要です。
それは、わざとらしい言動をせよとか、技
巧をろうしろとかいうことではありません。
技術というと、手練手管で相手をだますこと
のように思うのは誤りです。
ここで章を改めて、夫婦生活の種々相にお
ける表現と技術について考えてみることにし
ましょう。
しかし、種々相といっても、こういうとき
はどう、ああいうときはどうと、いわば場当
り的な\"思いつき亭主操縦術\"を並べたてたら
キリもありません。何千何万種類あげても、
なお尽きないでしょう。
それゆえ、以下の章では、最も重要な問題
と、どこの家庭にも起こりがちな普遍的な問
題を見てゆくことにします。

さて、大多数の家庭において最初の\"つまず
きの石\"となるのは、\"夫婦ゲンカ\"と\"嫉妬\"
です。早くて一、二ヵ月、おそくても二、三
年のうちには、ど、5しても体験せざるを得ま
せん。単調な明け暮れに新鮮な刺激を与える
\"薬味\"ともなれば、破局を招く\"毒薬\"ともな
る\"両刀の剣\"。まず、これの原因とじょうず
な表現法を詳しく研究してみましょう。-
次に、ご主人のご帰宅場面を設定して、そ
こで起こりそうな夫婦の\"出合い\"を眺め、さ
らに新聞の身上相談から\"小さな食い違い\"の
典型的なものをとり上げて検討してみたいと
思います。